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竜崎一郎(1912~1988)

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竜崎 一郎(りゅうざき いちろう)

俳優
1912年(明治45年)〜1988年(昭和63年)

1912年(明治45年)、神奈川県横浜市に生まれる。本名は、龍崎 光一郎。旧制横浜第一中学校(現在の神奈川県立希望ヶ丘高校)を卒業し、1933年(昭和8年)に助監督志望で新興キネマに入社。映画監督の牛原虚彦に師事するが、1937年(昭和12年)にP.C.L.(現在の東宝)へ移って俳優に転向。1940年(昭和15年)、『燃ゆる大空』で主役の一人に抜擢される。1947年(昭和22年)、『今ひとたびの』で高峰三枝子の相手役に抜擢されて注目を集める。1949年(昭和24年)の『青い山脈』では校医の沼田先生を演じ、人気を高めた。1960年(昭和35年)以降はテレビに活躍の場を移し、家族で楽しめるコメディータッチのNHKドラマ『ママと私たち』や時代劇などに出演した。1988年(昭和63年)6月28日、肺癌のため死去。享年76。


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戦後の東宝映画で二枚目スターの一人であった竜崎一郎。メロドラマで気品ある端正な男性を演じ、俳優としての存在を確立。しかし、なんといっても『青い山脈』で演じた沼田先生が最大の当たり役となった。後年は時代劇の分野に進出して憎々しい悪役を演じたが、凛々しく気品あふれる顔立ちは亡くなるまで健在だった。そんな竜崎一郎の墓は、東京都世田谷区の最勝寺教学院にある。墓には「龍崎家之墓」とあり、右側に墓誌が建つ。戒名は「慈光院悟岳一道居士」。

by oku-taka | 2026-01-11 22:33 | 俳優・女優 | Comments(0)