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三代・堅田喜三久(1935~2020)

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三代・堅田 喜三久(かただ きさく)

長唄囃子方
1935年(昭和10年)〜2020年(令和2年)

1935年(昭和10年)、長唄囃子方の九世望月太左衛門の次男として東京府に生まれる。本名は、安倍 康仁(あべ やすまさ)。幼少期から長唄囃子に囲まれて育つが、自身は漫画家を志望していた。16歳のとき、長唄囃子方に専念すべく伯父の三代堅田喜惣治について修行。望月康仁(もちづき やすまさ)の名で舞台をつとめながら鳴物の修業を重ねる。1952年(昭和27年)、堅田康仁の名で初舞台。1953年(昭和28年)、三代堅田喜三久を襲名。その後はほとんど独学で囃子を学び、鳴り物のマルチ・プレーヤーとして活躍。歌舞伎長唄の囃子だけではなく、現代音楽、ジャズ、オーケストラのほかポピュラー、クラシックの演奏にも参加した。1959年(昭和34年)、NHK第一スタジオにて御前演奏を、1964年(昭和39年)には日生劇場において御前演奏を務めた。1967年(昭和42年)、創作舞踊会で発表した『百済観音』で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。1981年(昭和56年)、アメリカ・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(U.C.L.A)に初の囃子講師として夏期講座を行う。これを機とし、1982年(昭和57年)に米国堅田会を結成。同年8月19日には、ロサンゼルスにおいて第一回囃子発表会を開催した。1990年(平成2年)、芸術選奨文部大臣賞を受賞。1994年(平成6年)、松尾芸能賞を受賞。1996年(平成8年)、『邦楽囃子大系』で芸術選奨芸術作品賞を受賞。1999年(平成11年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。2001年(平成13年)、紫綬褒章を受章。2007年(平成19年)、旭日小褒章を受章。2020年(令和2年)12月17日、虚血性心不全のため東京都内で死去。享年85。


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歌舞伎長唄囃子の第一人者、三代堅田喜三久。伝統的奏法による演奏のみならず、現代的にアレンジしたり鼓でジャズを演奏したりするなど、邦楽界において革新的な存在として活躍。また、現代音楽やオーケストラの伴奏に参加するなど、ジャンルにとらわれないマルチプレーヤーとして光彩を放った。個人的には、1970年(昭和45年)にテレビ東京で放送された『なつかしの歌声』の、東海林太郎『三味線やくざ』で務めた伴奏がたまらないほど素晴らしかったので、その印象が強く残っている。伝統を守りつつ、ジャンルを越えて囃子の可能性を追求し続けたきた堅田喜三久の墓は、東京都杉並区の築地本願寺和田堀廟所にある。墓には、鼓の絵とともに「倶会一処 堅田 安倍」とあり、右横には背面に略歴が刻まれた墓誌が建つ。

by oku-taka | 2025-11-30 22:48 | 音楽家 | Comments(0)