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佐山俊二(1918~1984)

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佐山 俊二(さやま しゅんじ)

喜劇俳優
1918年(大正7年)〜1984年(昭和59年)

1918年(大正7年)、北海道登別市に生まれる。本名は、中江 勇。旧制室蘭尋常高等小学校(現在の室蘭市立本室蘭小学校)卒業後に上京して、1938年(昭和13年)にタップダンサーとして初舞台を踏む。1943年(昭和18年)、「佐山俊二一座」を旗揚げし、コメディアンに転身。1944年(昭和19年)には「劇団新生座」を旗揚げした。戦後は浅草オペラ座、ロック座などに出演したあと、浅草フランス座に入り、八波むと志と「あらいやだコンビ」を結成。しかし、1956年(昭和31年)に由利徹、南利明と八波が脱線トリオを結成したが、八波が抜けるときの代打として佐山が舞台に立つことがあった。1957年(昭和32年)1月13日、富士映画が製作、新東宝が配給した富井照三監督の『女護が島珍騒動』で映画に初出演。主演も務めた。以後、独特の軽妙さやおとぼけの演技で人気となり、軽演劇界の“お父ちゃん”と親しまれた。1984年(昭和59年)1月15日、舞台『初春浮世まくら』公演中の夜に脳出血のため倒れ、同年1月30日に愛知県名古屋市昭和区の名古屋第二赤十字病院で死去。享年65。


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おとぼけキャラを見事に演じた喜劇俳優・佐山俊二。由利徹や南利明らと軽妙な掛け合いを見せたほか、『男はつらいよ』シリーズにもあらゆる役柄で出演。特に備後屋として出たときは、車寅次郎から「備後屋!相変わらずバカか?」と言われ、それに負けじと応戦する姿は大変可笑しかった。確かな実力を持ちながら、65歳で突然この世を去ってしまった佐山俊二の墓は、東京都八王子市の上川霊園にある。墓には「中江家」とあり、背面に墓誌が刻む。戒名は、「淨行院修道日勇居士」。

by oku-taka | 2025-01-01 22:20 | 俳優・女優 | Comments(0)