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中山あい子(1923~2000)

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中山 あい子(なかやま あいこ)

作家
1923年(大正12年)〜2000年(平成12年)

1923年(大正12年)、東京府(現在の東京都)に生まれる。本名は、中山 愛子。長崎の活水女学院を卒業後に結婚したが、夫の戦死に遭い、一児(後の女優・中山マリ)を抱えて寡婦となる。住み込みの英文タイピストとしてイギリス大使館に勤務する傍ら、1958年(昭和33年)に瀬戸内晴美(後の瀬戸内寂聴)らの『女流』の同人となり、1960年(昭和35年)には自ら『炎』を創刊。1962年(昭和37年)、イギリス大使館を退職し、東京・神田の貸しビルで住み込み管理人として勤める。1963年(昭和38年)、『優しい女』で第1回小説現代新人賞を受賞。以後、『奥山相姦』『幻の娼婦たち』などを発表し、色川武大から「女流の焼跡闇市派」と賞賛される。1984年(昭和59年)10月1日、『ライオンのいただきます』の初回に出演。以降も準レギュラーとして出演し、おばさまブームに乗って若者層にも知名度を広げていった。1997年(平成9年)頃から体調を崩し、闘病生活を余儀なくされていたが、2000年(平成12年)5月1日、心筋梗塞のため死去。享年78。


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純文学と大衆小説の間に位置する風俗小説を指す「中間小説」というジャンル。この分野において人気作家となった一人に、中山あい子がいる。リズム感のある乾いた文体で女の悲哀を描き、色川武大から「女流の焼跡闇市派」と賞賛された。一方、1980年代後半には『ライオンのいただきます』に出演したのを機に、歯に衣着せぬ物言いのおばさまとしてメディアでも広く知られる存在となった。総白髪かつサングラスをかければ司馬遼太郎と見紛うがくらいの風貌で、作家・テレビタレントとそれぞれに成功をおさめた彼女であったが、今や彼女の作品が復刊されることはなく、時の流れの無情さを感じざるを得ない。知る人ぞ知る存在になってしまった中山あい子の墓は、東京都八王子市の第二高尾墓園にある。墓には「南妙法蓮華経」とあり、背面に墓誌が刻む。

by oku-taka | 2024-12-10 10:17 | 文学者 | Comments(0)