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伊藤一葉(1934~1979)

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伊藤 一葉(いとう いちよう)

奇術師
1934年(昭和9年)〜1979年(昭和54年)

1934年(昭和9年)、兵庫県城崎郡竹野町(現在の豊岡市)に生まれる。本名は、伊藤 家晴。兵庫県立豊岡工業高等学校建築科(現在の兵庫県立豊岡総合高等学校)を卒業。 劇団を経営していた父親の影響で芸人を志し、松旭斎天佐天勝一座に入って旅回りの生活を6年間続けた。文学青年であったことから、芸名を樋口一葉からとって「伊藤 一葉」とした。手品を始めたのは一座の手品師が高齢により舞台に出られなくなり代役を務めたからで、手品師の世界では珍しく師匠がいない。 当初は手品だけを行っていたが、性分に合わず面白くなかったため、しゃべりながら手品をするようになった。 1958年(昭和33年)、後に妻となるヒサ子と上京。当初は売れなかったが、1975年(昭和50年)頃からその軽妙な話術にのせた手品で寄席やテレビで注目を集め、手品を見せた後にいう「この件について何かご質問はございませんか?」というセリフは流行語にもなった。 1979年(昭和54年)1月頃から入退院を繰り返し、同年9月8日の栃木市民ホールの舞台が最後となった。9月30日午前3時5分、胃癌のため東京都文京区のとりつ駒込病院にて死去。享年45。


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軽妙洒脱な手品で一世を風靡した伊藤一葉。アッと驚くような手品ではないものの、巧みな話術で人気を獲得。手品を終えたときに発する「この件について何かご質問はございませんか?」は流行語となり、手品が失敗したときはアッサリ開き直るというその洒脱っぷりが大ウケした。同い年の初代引田天功には、伊藤が売れていなかったときに天功がチップを渡そうとしたという因縁があるためか否定的な姿勢をとっていたが、裏では天功の発想や演出を評価しており、最初で最後の2人テレビ共演ということもあった。天功と同じ45歳でこの世を去った伊藤一葉の墓は、埼玉県越谷市の越谷霊廟にある。墓には「伊藤家之墓」とあり、右側面に墓誌が刻む。戒名は「奇才院釋一葉居士」。

by oku-taka | 2024-06-10 14:49 | 演芸人 | Comments(0)