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石田武(1926~1989)

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石田 武(いしだ たけし)

アナウンサー
1926年(大正15年)〜1989年(平成元年)

1926年(大正15年)、東京府荏原郡碑衾町(現在の東京都目黒区)に生まれる。父は中外商業新報(現在の日本経済新聞)の記者であったが、大阪から衆議院選挙に立候補して落選した後、44歳の若さで他界。母は残された子供を養うため助産師の資格を取り、節約のため勉強に電気も使えない時もあったという。その後、武はアメリカ文化に興味を持ち、アメリカの牧場で働くべく陸軍の獣医を目指し、麻布獣医専門学校を卒業。終戦後に大勢の獣医が復員したため職に就けず、GHQの在日米軍基地で家畜の世話をして糊口を凌いだ。1948年(昭和23年)、新聞に載っていたNHKアナウンサーの広告を見つけ、英語が活かせると考えたことから応募。高い競争倍率のNHK報道員に採用された。最初に派遣された広島時代には、プロ野球、高校野球、大相撲、サッカーなどのスポーツ実況を担当。スポーツには詳しくなかったが、期待に答えるため必死に勉強して選手データを頭に叩き込み、特に広島カープ創設時のラジオの実況は名調子で知られた。1963年(昭和38年)4月、NHKで放送された東京オリンピック展望番組『オリンピックアワー』のキャスター(司会)を1964年(昭和39年)9月まで担当。同年10月に開催された東京オリンピック本番では陸上競技の中継を担当した。その後、NHKからボイス・オブ・アメリカに派遣され、日本向け日本語放送に従事。また、アナウンサーとしてはケネディ大統領暗殺事件関連の報道特別番組の司会を担当。1969年(昭和44年)にはアポロ11号月面着陸の生中継特番で実況を務め、ヒューストンから現地の様子をリポートするだけでなく、知り合いの宇宙飛行士ユージン・サーナンを急遽スタジオに招き入れた。番組は深夜にもかかわらず最高視聴率68.3%を記録し、武は一躍時の人となった。1980年(昭和55年)、仕事中に脳卒中で倒れ、左半身に麻痺が残った。そのためNHKを退職し、晩年は闘病生活を送っていた。1989年(平成元年)4月15日、死去。享年63。


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歴史的なニュースを数多くリポートしたNHKのエースキャスター・石田武。人類初の月面着陸、東京オリンピックの実況、ケネディ大統領暗殺事件の報道特番の司会と、20世紀の世界史に名を残す出来事をニュースキャスターという立場から携わり、それをお茶の間に伝えた。キャスターとして活躍した後はNHKの報道主幹まで務めたが、若くして脳卒中で倒れ、闘病生活を余儀なくされた。晩年、息子の石田純一が昼ドラに出演し、俳優としての姿を病室のテレビでじっと観ていたという。息子の活躍を見届けて旅立った石田武の墓は、静岡県駿東郡の冨士霊園にある。墓には「石田家」とあり、左側に墓誌が建つ。

by oku-taka | 2023-10-15 16:06 | テレビ・ラジオ関係者 | Comments(0)