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二代目・三遊亭金翁(1929~2022)

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二代目・三遊亭 金翁(さんゆうてい きんおう)

落語家
1929年(昭和4年)〜2022年(令和4年)

1929年(昭和4年)、東京都江東区に生まれる。本名は、松本 龍典(まつもと りゅうすけ)。子供の頃は兵隊に憧れ予科練を夢見たが、柳家金語楼のSPレコードを聴いたことで落語に興味を持つようになる。その後、家族や近所の人に落語を披露しては爆笑をとっていた。小学校を卒業した1941年(昭和16年)の7月、寄席の支配人の伝手で三代目三遊亭金馬に入門。少年落語家・山遊亭金時として初高座を踏む。1945年(昭和20年)8月18日、二ツ目に昇進。三遊亭小金馬と改名した。1953年(昭和28年)、日本テレビ開局記念番組放送中に放送事故が発生。急遽、小金馬、二代目三遊亭歌奴(後の三代目三遊亭 圓歌)、一龍齋貞鳳、三代目江戸家猫八の4人で即興のインチキプロレス(プロレスコント)を放送。開局祝賀会場は爆笑の渦に包まれた。これを見た同局社長・正力松太郎の指示により、直ちに彼らをメインとしたレギュラー番組が作られた。こうして金馬は、元祖テレビバラエティータレントの一人となった。1955年(昭和30年)、歌奴を除く3人がNHKに引き抜かれる形で『お笑い三人組』がスタート。当初はラジオ番組だったが、1956年(昭和31年)からはテレビでも生放送して全国的な人気となり、国民的な番組となった。また、プラモデルファンで、テレビ放送初期にプラモデルの番組『陸と海と空』(フジテレビ)の司会も担当した。1958年(昭和33年)3月、真打に昇進。1967年(昭和42年)3月、三代目の三回忌に四代目三遊亭金馬を襲名。以降、先代金馬から受け継いだ古典「藪入り」や、「花見の仇討」「長短」などの滑稽噺、「芝浜」「文七元結」などの人情噺、「品川心中」などの廓噺、「子なさせ地蔵」といった新作まで、愛敬ある芸風と持ちネタの多さで知られた。また、人形の「ター坊」を相棒にした腹話術の余芸でも人気を博した。一方、落語協会常任理事に就任。国立演芸場の開設に尽力した。1969年(昭和44年)11月9日から1970年(昭和45年)6月14日まで『笑点』の大喜利メンバーを務める。加入時の年齢は満40歳であり、36年後に春風亭昇太(当時46歳)が加入するまでは新加入最高齢者であった。1970年(昭和45年)、「淀五郎」で芸術祭優秀賞を受賞。2000年(平成12年)、勲四等瑞宝章を受章。 2001年(平成13年)に三代目古今亭志ん朝が亡くなると、志ん朝の手掛けていた夏の「住吉踊り」を承継。毎年8月、浅草演芸ホールの中席で披露していたが、2010年代以降は膝を悪くし、高齢もあって引退した。高座では釈台を置いて落語を演じ、愛嬌のある笑顔と独特のダミ声は健在であった。2017年(平成29年)9月6日・7日にBSフジのクイズバラエティ番組『クイズ!脳ベルSHOW』に出演。番組出演者の中では今までの最高齢(89歳)でありながら優秀な成績をおさめ、週末のチャンピオン大会にも出場。2018年(平成30年)6月6日には「おもしろ選抜脳ベル選手権2018」80代部門に出演した。しかし、同年7月に東京都内の自宅で呼吸が苦しくなり、異変に気づいた娘(次女)が救急車を呼び病院に搬送される。心不全と脳梗塞を発症し、数日間意識が戻らず、一時はICU(集中治療室)に入院したものの、2019年(令和元年)の鈴本演芸場正月興行で高座復帰を果たした。同年6月、自身の健康状態も考慮し、翌年秋に「三遊亭金馬」の名跡を次男の三遊亭金時に譲り、自身は隠居名となる「三遊亭金翁」を襲名することが明らかになった。同年9月25日・26日には再び『クイズ!脳ベルSHOW』に出演。再度27日のチャンピオン大会にも出演した。2020年(令和2年)9月21日、鈴本演芸場での自身と息子の五代三遊亭金馬襲名披露興行初日を以て正式に二代目三遊亭金翁を襲名した。その後も寄席を中心に出演を続け、2021年(令和3年)10月30日には鈴本演芸場で「三遊亭金翁芸歴80周年記念の会」を行った。また、コロナ禍においても自身のYouTubeチャンネル「金翁ロードショー」を通じ、オンラインでの落語配信に取り組むなど、最晩年まで噺家として精力的に活動したが、2022年(令和4年)8月26日夜、寝室で寝たまま心肺停止。翌27日午前1時33分、心不全のため東京都内の自宅で死去。享年93。


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現役の中で最も芸歴が長く、令和の世で唯一の戦中入門の落語家であった二代目三遊亭金翁。テレビ草創期に三遊亭圓歌と共に活躍し、落語家におけるテレビタレントの走りとなった。人気となる契機になったNHKの『お笑い三人組』では、共に出演した三代目江戸家猫八、一龍斎貞鳳が先に逝ってしまい、晩年は唯一の存命者であった。90歳を超えてもその活躍が衰えることはなく、高座はもとよりクイズ番組に出て優秀な成績をおさめたほか、YouTubeにもチャレンジするなど、ますます意気盛んであった。あらゆる大病を乗り越え、最期は静かに旅立った三遊亭金翁の墓は、東京都墨田区の法樹院にある。墓には「松本家之墓」とあり、墓誌はないが左側面に建立者として松本龍典の名が刻む。戒名は「觀藝院噺翁龍道居士」。

by oku-taka | 2023-04-16 16:00 | 演芸人 | Comments(0)