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小田裕一郎(1950~2018)

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小田 裕一郎(おだ ゆういちろう)

作曲家
1950年(昭和25年)〜2018年(平成30年)

1950年(昭和25年)、鹿児島県に生まれる。10歳の頃からギターを始め、スタジオミュージシャンのプロ・ギタリストとして、「ザ・ジョーカーズ」など20以上のバンドで活動。1970年代に入ると、ゴダイゴのプロデューサー・ジョニー野村のもとでオリジナル楽曲の制作をはじめ、1977年(昭和52年)にガールズへ提供した『野良猫』で作曲家デビューする。1979年(昭和54年)、サーカスに提供した『アメリカン・フィーリング』が約48万枚のヒット。以降、田原俊彦『恋=Do!』(1981年/昭和56年)、桜田淳子『ミスティー』(1981年/昭和56年)、石川秀美『ゆ・れ・て湘南』(1982年/昭和57年)、杏里『CAT'S EYE』(1983年/昭和58年)など、アイドルやポップス歌手に楽曲を提供。特に松田聖子には、『裸足の季節』『青い珊瑚礁』『風は秋色』(いずれも1980年/昭和55年)など、デビュー直後から多くの楽曲を手がけている。1984年(昭和59年)には、アルバム『ODA』を発表。自身もアーティストとしてデビューした。その一方で、作詞家「クロエジュン」の名義で、小泉今日子や石川秀美などに楽曲提供をしたこともあった。1998年(平成10年)頃より拠点をニューヨークに移し、アメリカでのアーティスト活動に軸足を移す。2018年(平成30年)9月17日午前11時30分(現地時間)、アメリカ・ニュージャージー州の自宅で心筋梗塞のため死去。享年68。


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作曲家として、松田聖子のデビュー期を支えた小田裕一郎。シングル『裸足の季節』を皮切りに、『青い珊瑚礁』、『風は秋色』、さらに1stアルバム『SQUALL』と2ndアルバム『North Wind』に収録された楽曲のほとんどを手がけ、松田聖子を一気にスターダムに押し上げた。このほか、田原俊彦や杏里といった当時の人気アイドルやアーティストに曲を提供し、ヒットに貢献したが、後年自身がニューヨークでのアーティスト活動に力を入れたため、作曲家としてイマイチ評価が定まらない人となってしまったことは実に惜しい。歌謡曲全盛の時代、洋楽的なハイセンスを持ち込んでシティポップの土台を築いた小田裕一郎の墓は、東京都港区の梅窓院にある。墓には、譜面・ギター・羽根の絵に加えて「ODA 小田家」とあり、下部分に墓誌が刻む。戒名は「與楽裕音信士」。

by oku-taka | 2022-11-13 11:18 | 音楽家 | Comments(0)