人気ブログランキング | 話題のタグを見る

初代・安達曈子(1936~2006)

初代・安達曈子(1936~2006)_f0368298_20395858.jpeg

初代・安達 曈子(あだち とうこ)

華道家
1936年(昭和11年)〜2006年(平成18年)

1936年(昭和11年)、安達式挿花の初代家元であった安達潮花の次女として、東京都港区に生まれる。両親は長女を1歳にして亡くしたことから、曈子を60年の伝統ある流派の次期家元として育てられる。学習院女子高等学校を卒業後、後継者に指名。しかし、1968年(昭和43年)に父との考え方の相違から独立し、安達曈子制作室を設立。1973年(昭和48年)、花芸安達流を創設。主宰として、日本の伝統的な華道と西洋芸術との融合を追究した。また、着物の似合う才女として、テレビ、ラジオなどでも活躍。NHKのバラエティ番組「連想ゲーム」でも約2年間レギュラー解答者を務めた。1980年(昭和55年)、安達式の2代目家元となった長兄・良昌の急死を機に、安達式は免許状や機関誌発行など一切の活動をやめ、1981年(昭和56年)に事実上花芸安達流として一本化した。1986年(昭和61年)には、新本部「花芸の館」を建設。外部の生け花団体には一切加盟せず、独自の道を歩んだ。このほか、東京農業大学、山野美容芸術短期大学、恵泉女学園大学の客員教授、日本ツバキ協会会長、東京都の「東京緑化推進委員会」の委員長を歴任した。2006年(平成18年)3月10日午前7時8分、急性肝不全のため東京都新宿区の病院で死去。享年69。


初代・安達曈子(1936~2006)_f0368298_20395948.jpg

初代・安達曈子(1936~2006)_f0368298_20400023.png

初代・安達曈子(1936~2006)_f0368298_20395861.jpg

伝統的な華道と西欧的な芸術を融合させた花芸安達流を創設し、 独自の作風で知られた安達曈子。植物の生態と形態に立脚した基本型を確率し、自然の中の動きを原型とした「動の世界」を創出した。また、華道の教授法を改革し、今日ある教室での指導を華道家として初めて行った。伝統的な型を基本とする閉鎖的な世界から脱却し、自然の動きを意識した「動の花」を求め続けた安達曈子の墓は、東京都世田谷区の浄因寺にある。墓には「安達家之墓」とあり、両側面に墓誌が刻む。戒名は「浄香院釋尼曈華」。

by oku-taka | 2022-10-05 20:41 | 芸術家 | Comments(0)