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利根一郎(1918~1991)

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利根 一郎(とね いちろう)

作曲家
1918年(大正7年)〜1991年(平成3年)

1918年(大正7年)、群馬県邑楽郡明和町に生まれる。本名は、恩田良武。1938年(昭和13年)、早稲田大学政経学部中退。1942年(昭和17年)、ポリドールレコードに入社。1945年(昭和20年)、テイチクレコードに移籍。1947年(昭和22年)、菊池章子が歌った『星の流れに』が初のヒット。以降、『さらば赤城よ』(東海林太郎)、『母紅梅の唄』(菊池章子)とヒットを重ねる。1949年(昭和24年)、キングレコードに移籍。小畑実とのコンビで『アメリカ通いの白い船』『星影の小径』をヒットさせるとともに、津村謙に『白夜行路』を提供した。1950年(昭和25年)、ビクターに移籍。移籍の条件として、小畑実のビクター移籍を提示し、ここでもコンビで『山の端に月の出る頃』『そよ風のビギン』をヒットさせた。このほか、『ミネソタの卵売り』(暁テル子)、『水色のスーツケース』(灰田勝彦)、『ガード下の靴みがき』(宮城まり子)などがヒット。また、1955年(昭和30年)にポリドールレコードから移籍してきた新人・曽根史郎(後に曽根史朗)に『花のロマンス航路』『若いお巡りさん』『白いジープのパトロール』などを提供し、人気歌手の仲間入りをさせた。1966年(昭和41年)、橋幸夫が歌った『霧氷』で日本レコード大賞を受賞。1990年(平成2年)、勲四等瑞宝章を受章。1991年(平成3年)12月16日、死去。享年73。


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戦後の歌謡界において、ヒットメーカーの1人であった利根一郎。戦争に翻弄された女性の悲哀を歌った『星の流れに』をはじめ、ちあきなおみを筆頭に数多の歌手にカヴァーされ続ける『星影の小径』、コミカルなやりとりを軽妙なメロディーの歌にした『若いお巡りさん』など、歌謡史を語る上で欠くことのできないヒット曲を量産。そして、そのほとんどの曲が、ロマンチックさを感じる洒落たメロディーであった。今やその存在が忘れ去られようとしているメロディーメーカーの墓は、東京都府中市の多磨霊園にある。五輪塔の墓には「恩田家」とあり、右側に簡単な略歴が刻まれた墓誌が建つ。戒名は「観音院殿良範秀頴大居士」。

by oku-taka | 2022-10-05 19:57 | 音楽家 | Comments(0)