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井口小夜子(1914~2003)

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井口 小夜子(いぐち さよこ)

歌手
1914年(大正3年)〜2003年(平成15年)

1914年(大正3年)、東京市神田区(現在の東京都中央区)に生まれる。本名は、田沼(旧姓:井口)とみ子。東京市立忍岡高等女学校1年生のとき、声楽家の四家文子に音楽を学ぶ。その後、武蔵野音楽学校に進学。在学中に大日本雄弁会講談社のレコード部(後のキングレコード)の歌手募集に応募し、『赤城の子守唄』を歌って合格。専属歌手第1号となった。1935年(昭和10年)、童謡歌手として『ベゴニアの花』でデビュー。1939年(昭和14年)、武蔵野音楽学校本科声楽部を首席で卒業。その後、キングレコードより『乙女十八』で流行歌の歌手としてデビュー。10月発売の『出征兵士を送る歌』の吹き込みに参加。以降、流行歌や軍国歌謡を吹き込み、三門順子と「キングの名花2輪」とも称された。一方、本名でクラシック歌曲(ソプラノ)の舞台にも立った。また、キングレコードの音楽監督の助言により、ベルトラメリ能子の指導を受けた。1947年(昭和22年)、『みかんの花咲く丘』を発売。戦後を代表する童謡となった。同年、自宅に「井口小夜子音楽研究所」を開設。クラシックから歌謡曲まで幅広いジャンルで後進を指導した。戦後はラジオの幼児向け番組で歌のお姉さんを務めたほか、ラジオ体操の主題歌やラジオ歌謡の数々などを吹き込み、NHKラジオとSPレコード全盛時代を代表する歌手として、民放テレビの開局段階まで第一線で活躍した。また、子どもたちの音楽教室「キングさゆり会」では童謡の普及にも努めた。1954年(昭和29年)、NHKラジオ第1放送の連続放送劇『新諸国物語 紅孔雀』の主題歌『紅孔雀の歌』がヒット。1992年(平成4年)、戦時下に転居した藤沢市の芸術文化振興財団(現在の公益財団法人藤沢市みらい創造財団)の評議員を務め、地元の芸術文化の振興にも終生貢献した。2003年(平成15年)11月9日、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の病院で死去。享年89。


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キングレコードの専属第一号歌手として抒情歌・童謡・戦時歌謡を吹き込んだ井口小夜子。特に当時の子供に大人気となった、NHKラジオの連続放送劇『新諸国物語 紅孔雀』の主題歌『紅孔雀の歌』で知られ、「紅孔雀のおばさん」と呼ばれた。テレビ時代到来とともに第一線から退き、その後は後進の育成と童謡の普及に取り組んだ。昭和40年代に巻き起こった懐メロブームの折も、テレビ出演はほとんど行わず、歌の指導に力を注ぎ続けた井口小夜子の墓は、神奈川県藤沢市の市営西富墓地にある。墓には「田沼家之墓」とあり、右側面に墓誌が刻む。戒名は「歌聖院淑弌美妙大姉」。

by oku-taka | 2022-05-25 00:29 | 音楽家 | Comments(0)