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真樹日佐夫(1940~2012)

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真樹 日佐夫(まき ひさお)

空手家・漫画原作者
1940年(昭和15年)〜2012年(平成24年)

1940年(昭和15年)、東京市渋谷区隠田に生まれる。本名は、高森 真土(たかもり まつち)。東京都立小山台高等学校在学中、都内で空き巣狙いを繰り返し、警察に逮捕されて1か月余りを保土ヶ谷鑑別所で過ごした。これとは別に、傷害・器物損壊・恐喝・窃盗・暴力行為などの容疑で警視庁蒲田署に逮捕され、東京少年鑑別所から八街中等少年院に送られたこともある。保土ヶ谷鑑別所に送られた段階で小山台高等学校は放校になったが、八街中等少年院で勉学に励み、2度目の受検で大検に合格。早稲田大学第一文学部英文科を中退したと自称していたが、弟の高森日佐志が書いた『昭和兄弟模様』には、真樹が早稲田大学 に入学したとは書かれていない。その後、兄で漫画原作者の梶原一騎の紹介で極真会館に入門し、大山倍達と義兄弟の契りを結ぶ。空手と同時に、劇作家・漫画原作者としても活躍。ペンネーム「高森真士(たかもり しんじ)」で書いた「凶器」にて、1968年(昭和43年)のオール讀物新人賞受賞。1970年(昭和45年)、真樹日佐夫の名で『週刊少年マガジン』に「ワル」の連載をスタート。ペンネームは、梶原一騎の本名「朝樹」と「真土」の部分を半分にして「真樹」、「日佐夫」は三男「日佐志」の名を「日佐夫」とゴロよく「志」を「夫」として、高森3兄弟の本名の名前の部分を梶原のアイデアで作った合成名である。その後、極真会館東京渋谷支部長や通信教育部門「マス大山カラテスクール」での指導を経て、弐段位にあった1977年(昭和52年)より総本部第3代師範代になった。大山倍達から機関誌『近代カラテ』の発行を移管され、誌名を『現代カラテマガジン』に変えて刊行。1978年(昭和53年)には東映映画『カラテ大戦争』に主演したが、声は別人が吹き替えた。1980年(昭和55年)、独自の門派「真樹道場」を設立。世界空手道連盟士道館の添野義二館長より、士道館名誉伍段を与えられている。2000年(平成12年)、『兄貴』を刊行。同作でJLNA文学賞特別賞を受賞した。晩年は、コアマガジンの『実話マッドマックス』の誌面に度々登場し、『ブブカ』では連載も担当。『タイガーマスク・ザ・スター』『新☆四角いジャングル』『新空手バカ一代―格闘者』など兄の梶原のヒット作をリバイバルした作品も多々発表した。しかし、2011年(平成23年)末から風邪で体調を崩し、2012年(平成24年)1月2日、趣味であるヨットセーリングを楽しむべく、神奈川県の逗子マリーナにある自身所有のヨットへ乗船しようとした際に倒れ、病院に救急搬送されたものの、急性肺炎のため死去。享年71。


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漫画『ワル』で知られる真樹日佐夫。兄・梶原一騎譲りのガラの悪さでありながら、漫画原作者・空手の師範代・格闘技のプロデューサーと多彩な顔を見せた。晩年は『サンデージャポン』にも度々VTR出演し、「ジョークだよ」の一言で笑いを取っていた。クレーバーなワルを貫き通した、男・真樹日佐夫の墓は、神奈川県横浜市の久保山墓地にある。墓には「高森家之墓」とあり、右後ろに墓誌が刻む。また、同墓には兄・梶原一騎も分骨されている。

by oku-taka | 2022-05-25 00:19 | 漫画家 | Comments(0)