二代目・尾上松緑（1913～1989）

二代目・尾上 松緑（おのえ しょうろく）

歌舞伎俳優

1913年（大正2年）～1989年（平成元年）

1913年（大正2年）、七代目松本幸四郎の三男として東京府東京市日本橋区浜町に生まれる。本名は、藤間 豊（ふじま ゆたか）。長兄が十一代目市川團十郎、次兄が初代松本白鸚という花形の一家に育つ。1918年（大正7年）、帝国劇場において松本豊で初舞台。1927年（昭和2年）、父の意向により六代目菊五郎のもとへ修行に出され、立役としての厳しい稽古をつけられる。1935年（昭和10年）、歌舞伎座『伽羅先代萩』の荒獅子男之助で二代目尾上松緑を襲名する。1937年（昭和12年）、父から日舞の一派藤間流の宗家を譲られ、四世家元四代目藤間勘右衛門を襲名する。太平洋戦争が始まると中国戦線に出征するが、敗戦により生還。1946年（昭和21年）、長男の亨（後の初代尾上辰之助）が生まれるが、まもなく父と師の相次ぐ死に見舞われる。六代目菊五郎の死後、菊五郎劇団を率いるようになり、この頃から活発な舞台活動を見せはじめる。立役の後継者に恵まれなかった師・六代目菊五郎の芸風を継承し、七代目尾上梅幸、三代目市川左團次、十七代目市村羽左衛門らとともに菊五郎劇団を支え、大正から昭和初期の歌舞伎を戦後に伝えた。また、恰幅のいい体つきと、明るく豪放磊落な芸風で、『勧進帳』の弁慶、『暫』の鎌倉権五郎、『毛抜』の粂寺弾正のような荒事や、『義経千本桜』のいがみの権太などを当たり役とした。『梅雨小袖昔八丈』（髪結新三）の新三、『曽我綉侠御所染』（御所五郎蔵）の五郎蔵、『盲長屋梅加賀鳶』（加賀鳶）の梅吉・竹垣道玄、『新皿屋舗月雨暈』（魚屋宗五郎）の宗五郎といった世話物、そして『仮名手本忠臣蔵』の大星由良助・寺岡平右衛門、『一谷嫩軍記』「熊谷陣屋」の熊谷直実、『義経千本桜』の平知盛・狐忠信などの時代物も得意で、幅広い役に取り組んでいる。舞踊では同世代の中で抜きんでた名手であり、『土蜘』、『茨木』、『積恋雪関扉』（関の扉）、『六歌仙容彩』（六歌仙）、『船弁慶』など代表作は数多い。1952年（昭和27年）10月、『若き日の信長』平手中務で芸術祭奨励賞を受賞。1963年（昭和38年）、NHK大河ドラマ第1作の『花の生涯』に井伊直弼役で主演。テレビや映画の出演も多く、このほかでは『勝海舟』で勝小吉、『草燃える』で後白河法皇を演じた。1965年（昭和40年）、実兄・十一代目市川團十郎が急死。以後、市川宗家の名代としての自覚も芽生え、歌舞伎十八番の『象引』『七つ面』『解脱』『関羽』『不動』などの埋もれた古典の復活を次々に行った。また、『宿無團七』などの上方狂言に挑戦したり、東大寺二月堂お水取りを取材して作った新作舞踊『達陀（だったん）』の初演、翻訳劇『オセロ』『シラノ・ド・ベルジュラック』など、歌舞伎以外の商業演劇でも積極的に新劇俳優と共演し、演劇界に新風を送り込んだ。1972年（昭和47年）、人間国宝に認定。1975年（昭和50年）、二代目藤間勘斎を名乗り、勘右衛門を長男・辰之助に譲った。1984年（昭和59年）、文化功労者に選出。1987年（昭和62年）、文化勲章を受章。1987年（昭和62年）、辰之助に先立たれるという悲運に見舞われる。美声だった辰之助のことを「あいつの笛は俺より上等だ」と言って悔しがったほど期待をかけていた後継者だっただけに、端で見ていても気の毒になるような落胆ぶりだった。その後、自身も身体の不調を訴え、1989年（平成元年）6月25日、急性肺炎のため死去。享年76。

昭和の歌舞伎界を支えた名優・二代目 尾上松緑。荒事の豪快な演技と、6代目菊五郎ゆずりの世話物の緻密な芸を併せ持ち、当時の歌舞伎界において類を見ないほど幅広い役に取り組んだ。中でも、『オセロ』『シラノ・ド・ベルジュラック』などの翻訳劇にも挑戦し、演劇界に新風を送り込んだことは特筆すべき事である。明朗で豪放磊落な演技は見る者の心を豊かにし、『勧進帳』の弁慶、『新皿屋舗月雨暈』（魚屋宗五郎）の宗五郎、そしてNHK大河ドラマ第1作『花の生涯』の井伊直弼は、まさに当たり役であった。千両役者・尾上松緑の墓は、神奈川県鎌倉市の鎌倉霊園にある。墓には「藤間家之墓」とあり、右横に墓誌が刻む。左側には「愛」と彫られた石碑がある。同墓には、自身が後継者として指名し、夭折の際は慟哭してその死を惜しんだ三代目も埋葬されている。戒名は「錦樹院達玄日豊居士」。