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須田開代子(1938~1995)

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須田 開代子(すだ かよこ)

プロボウラー
1938年(昭和13年)~1995年(平成7年)

1938年(昭和13年)、東京市中野区に生まれる。横浜市立横浜商業高等学校を卒業後、入社した外資系の貿易会社でボールを輸入していたことから、ボウリングを始め、2年でアマ日本一となる。1967年(昭和42年)、第1回全日本選抜選手権で優勝。1969年(昭和44年)、プロボウラー第1号としてデビュー。69年度全米女子オールスタートーナメント準優勝をはじめ、日本プロボウラー界の女王として君臨。同期の中山律子や並木恵美子、石井利枝とともに全盛時代を築き、高度成長期を背景にボウリングブームを支えた。オイルショックによりボウリングブームが一気に下火になる中、1976年(昭和51年)に女性だけのボウリング団体「ジャパンレディースボウリングクラブ」を設立。自ら初代代表に就任し、ボウリング業界の復興に尽力した。1985年(昭和60年)1月、胃癌のため入院。4分の3を切除したが、半年で復帰した。1991年(平成3年)、日本プロボウリング協会副会長に就任。1995年(平成7年)、食道癌を発症。治療のため渡米したが、11月20日に心不全のためバージニア州内の病院で死去。享年57。


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1970年代前半に巻き起こったボウリングのブーム。中でも、女子プロボウラーの「花のトリオ」として、中山律子、並木恵美子とともに人気を博したのが須田開代子である。ライセンスナンバー1の女子第1期生、また日本国内初の女子プロボウラーとして、テレビを舞台に全国的なボウリングブームを支えた。後年は、テレビ東京『ザ・スターボウリング』での解説や、女性だけのボウリング団体を設立するなど、ボウリング業界の発展に力を尽くした。それだけに、57歳での旅立ちは悔しかったであろうと思う。須田開代子の墓は、神奈川県横浜市の妙香寺にある。墓には「須田家之墓」とあり、右側面に墓誌、左側には直筆による「生涯青春」と彫られた碑が建つ。戒名は「慈鳳院妙開日修大姉」。
by oku-taka | 2020-08-09 00:27 | スポーツ | Comments(0)