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ジェリー伊藤(1927~2007)

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ジェリー 伊藤(ジェリー いとう)

俳優・歌手
1927年(昭和2年)~2007年(平成19年)

1927年(昭和2年)、英米で活躍した日本人ダンサーで振付師・伊藤道郎の次男として、アメリカ合衆国ニューヨークに生まれる。本名は、ジェラルド・タメキチ・イトウ。 母親のヘイゼル(Hezel Wright)は道郎のダンサー仲間で、ジェリーのほかに長男ドナルドをもうけた。ニューヨークで生まれてすぐロサンジェルスに転居。真珠湾攻撃勃発により父親がスパイ容疑で収監され、ジェリーらはニューヨークの母方の親戚宅に身を寄せた。父親はミズーラ (モンタナ州)の司法省のキャンプに2年間留置されたのち、日本に送還され、音信不通となった。戦後すぐアメリカ海兵隊員として来日して父親探しを始め、GHQの劇場で働く父親と再会した。その後、ニューヨークに戻ってニュースクール大学の演劇を学び、"All the President's Men"でブロードウェイデビューしたが、朝鮮戦争で再び従軍。1950年代に再来日し、本格的に日本での活動を開始。東宝ミュージカル『王様の私』などミュージカルの舞台で活躍し、1958年(昭和33年)新藤兼人監督『海の野郎ども』で映画デビュー。1960年(昭和35年)、東京芸術座で行われた『天皇のベッド』に米軍中尉役で起用され、その演技が好評を博す。また、映画『モスラ』で演じた悪役のクラーク・ネルソン役は、映画ファンに鮮烈な印象を残した。その後も多くの映画やテレビドラマ、さらにはCMやミュージカルなどで活躍。後年はジャズ・ボーカリストとしても活躍し、ステージ公演の司会などもこなした。1995年(平成7年)、NHK教育テレビ『英語であそぼ』の第3シリーズに出演。3年間続いた同シリーズ最終年度に入る直前の1997年(平成9年)に脳溢血で倒れ、途中降板した。発症後は母国語であった英語での言語回復訓練が必要なことから、ロサンゼルスに移住。病気療養に務めていたが、2007年(平成19年)7月8日午前8時(日本時間同日深夜)、肺炎のためロサンゼルス市内の自宅で死去。享年79。


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歌に演技にとマルチに活躍した外国人タレント・ジェリー伊藤。昭和30年代の東宝映画で、インチキ香具師やカタコト日本語を話す青年役で多く出演。特に『モスラ』で演じた悪徳興行師のクラーク・ネルソン役は有名で、ザ・ピーナツ演じる双子の小美人を拉致し、「妖精ショー」という形で見世物で金儲けをしようとするが、モスラに追われて母国へと逃げ込み、そこで小美人の返還を要求されるも拒否し、最後は警官に抵抗して射殺されるという憐れな人間の末路を実に見事に演じた。このほか、今は亡き羽生未来と一緒に出ていた『英語であそぼ』も印象深く、強い発生ながらも甘いバリトンの歌声で披露される英語の歌はとても素晴らしかった。アメリカ生まれの多彩なタレント・ジェリー伊藤の墓は、東京都豊島区の染井霊園にある。納骨堂の入口には「伊藤家之霊舎」とあり、右横に墓誌のプレートが設置されている。

by oku-taka | 2020-07-05 15:54 | 俳優・女優 | Comments(0)