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岸輝子(1905~1990)

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岸 輝子(きし てるこ)

女優
1905年(明治38年)~1990年(平成2年)

1905年(明治38年)、北海道に生まれる。本名は、伊藤 キシ。北海高等女学校(現在の札幌大谷高等学校)を卒業後、一旦は就職すものの俳優を志し、働きながら夜は俳優の勉強をして、1925年(大正14年)に築地小劇場の研究生となる。『寂しき人々』で初舞台を踏んだ後、築地小劇場の分裂を経て、1936年(昭和11年)に新築地劇団に入団。1940年(昭和15年)の弾圧による解散後、1944年(昭和19年)2月に青山杉作、東野英治郎、小沢栄太郎、東山千栄子ら10人で劇団俳優座を創立。以降、俳優座の中心女優として活躍し、多くの舞台に立った。この間、俳優の東屋三郎と結婚するが、1935年(昭和10年)に死別。1940年(昭和15年)から千田是也と同棲したが、新劇人一斉検挙事件が起こって千田は投獄された。1942年(昭和17年)、千田が出所し、結婚する。舞台のほか戦後からは映画でも活躍し、黒澤明監督の『野良犬』を筆頭に多くの作品に出演。特に母親役や老け役で名演を残しており、日本を代表する老け役の1人となった。その一方で、福祉活動や反戦運動にも尽力。1962年(昭和37年)10月19日に結成された「新日本婦人の会」の創立に当たり、32人のよびかけ人のうちの1人として平塚らいてうらとともに名を連ねた。1966年(昭和41年)、代表作となったブレヒト作『肝っ玉おっ母とその子供たち』で芸術祭奨励賞を受賞。その後も『おふくろ』の母、テレビドラマ『虹』など、特異な個性と演技力を買われ名脇役として数多く出演。また福祉施設への援助やベトナム反戦運動など社会にも関わりつづけた。1990年(平成2年)5月10日、死去。享年85。


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母親役や老け役で名演を残した女優の岸輝子。その役どころは、『喜劇 にっぽんのお婆あちゃん』の“いじわるばあさん”など、鬼婆や遣手婆といった一癖も二癖もある「悪ばばあ」を演じることが多く、またそうした人間を演じるのが実に上手い役者であった。残念ながら現在は忘れ去られた名優となってしまった岸輝子の墓は、東京都豊島区の染井霊園にある。納骨堂の入口には「伊藤家之霊舎」とあり、右横に墓誌のプレートが設置されている。

by oku-taka | 2020-07-05 14:30 | 俳優・女優 | Comments(0)