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市川昭介(1933~2006)

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市川 昭介(いちかわ しょうすけ)

作曲家
1933年(昭和8年)~2006年(平成18年)

1933年(昭和8年)、福島県郡山市に生まれる。幼くして両親を亡くし、9歳上の姉が母親代わりとなる。歌が大好きだったことから当時の人気歌手・高倉敏に弟子入りの手紙を出し、福島県立郡山工業高等学校(現在の福島県立郡山北工業高等学校)を卒業した18歳の頃にハワイアンバンドでの歌手デビューを目指して上京。高倉敏、鶴田六郎、作詞家の藤間哲郎らの付き人(かばん持ち)をする傍ら、作曲とピアノを独学で学ぶ。下積み生活を10年続けた後、前座歌手を経て作曲の道に進み、1961年(昭和36年)にコロムビアの専属となる。同年、島倉千代子が歌った『恋しているんだもん』でデビュー。同曲で第3回日本レコード大賞作曲奨励賞を受賞した。1962年(昭和37年)、畠山みどりの『恋は神代の昔から』がミリオンセラーとなり、翌年の『出世街道』も連続のミリオンセラーを記録。1964年(昭和39年)、都はるみの『アンコ椿は恋の花』が3作目のミリオンセラーとなり大ヒット。以後、『涙の連絡船』『好きになった人』『大阪しぐれ』など、都はるみの一連のヒット曲を作曲。都はるみを国民的演歌歌手に育て上げた。1972年(昭和47年)にはクラウンレコードの専属となったが、1974年(昭和49年)にフリーとなる。以降も多くのヒット曲を手がける一方、門下生として、大川栄策、神野美伽、多岐川舞子、市川由紀乃らを育てた。1990年(平成2年)、日本レコード大賞の実行委員長に就任。1991年(平成3年)、伍代夏子の『恋挽歌』で第33回日本レコード大賞作曲賞を受賞。1996年(平成8年)、紫綬褒章を受章。1998年(平成10年)、レコード大賞の制定委員に就任。2004年(平成16年)、旭日小綬章を受章。2006年(平成18年)9月26日午前5時、肝不全のため東京都渋谷区の病院で死去。享年73。


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演歌の世界において多くのヒット曲を世に送り出した作曲家の市川昭介。その柔和な笑顔と温厚な人柄から大勢の人に慕われ、畠山みどり、都はるみ、神野美伽といった演歌のスターを育て上げた。テレビ出演も積極的に行い、『ドキュメント女ののど自慢』の審査員や『平成歌謡塾』の指導などで見せたいつもニコニコで優しい姿が印象的である。手がけた曲の多くが演歌であったが、中には『たそがれの赤い月』や『イルカに乗った少年』など、ポップスの名曲があることも忘れてはならない。「昭ちゃん先生」と呼ばれ愛された市川昭介の墓は、神奈川県川崎市の春秋苑にある。洋形の墓には「市川家」とあり、背面に墓誌が刻む。戒名は「浄樂院賢優昭韻居士」。
by oku-taka | 2020-06-14 02:16 | 音楽家 | Comments(0)