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草柳文恵(1954~2008)

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草柳 文恵(くさやなぎ ふみえ)

ニュースキャスター
1954年(昭和29年)~2008(平成20年)

1954年(昭和29年)、ジャーナリストで評論家の草柳大蔵の長女として神奈川県に生まれる。1974年(昭和49年)、大学在学時に第18回ミス東京コンテスト第1位に選ばれ、その後は東京都の海外親善使節などを務める。1976年(昭和51年)、青山学院大学フランス文学科を卒業。その美貌と知性を買われ、テレビやラジオでキャスターや司会を務めるなど、メディアで多方面に活躍。1978年(昭和53年)、将棋棋士・真部一男と結婚するが、後に離婚。離婚後は再びテレビのリポーター、司会のほか、エッセイストとしても活躍。特に1986年(昭和61年)からスタートした東北放送のラジオ番組『お元気ですか』は、19年間にわたり述べ5,000回を担当した。1992年(平成4年)、政府の観光政策審議会委員に就任。2001年(平成13年)1月まで務めた。2007年(平成19年)5月、「女性特有の病気」で手術を受け、仕事をセーブ。退院後は母親と2人で暮らしていたが、病気の経過が思わしくなく、体調の悪さに悩んでいた。2008年(平成20年)9月9日、東京都中央区の自宅マンションにて自殺を図る。午前5時50分頃、母親が目を覚ますと草柳の姿が見えなかったため、警備員と一緒に室内を探していた。その後、ベランダに通じる窓が開いているのを見つけ、ベランダから外をのぞくと、手すりに電気コードをくくりつけ、パジャマ姿でベランダから外に体を投げ出す形で首を吊っている草柳を発見。警備会社を通じて警察に通報し、都内の病院に搬送されたが、午前8時15分に死亡が確認された。享年54。


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戦後を代表するジャーナリスト・評論家の草柳大蔵の娘に生まれ、学生時代は美人コンテストで優勝し、キャスターとしても話題を集めた草柳文恵。「棋界のプリンス」と持て囃された真部一男と結婚し、務めていたラジオのレギュラー番組が19年続く長寿番組になるなど、端から見れば陽のあたる世界を歩いてきたように見えたのだが、晩年彼女を苦しめたのが婦人系の病気であった。一説には乳癌と言われているが、術後の経過が思わしくなく、この事が華やかな人生を歩んできた彼女にとって大きな苦難となってしまった。病気を苦に自ら生涯を終えてしまった草柳文恵の墓は、神奈川県横浜市の総持寺にある。洋形の墓には「花は天にむかって活けよ」とあり、後ろ側に墓誌が刻む。戒名は「文輝院瑩月恵燈大姉」。
by oku-taka | 2020-05-31 12:30 | テレビ・ラジオ関係者 | Comments(0)