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加東康一(1930~1990)

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加東 康一(かとう こういち)

芸能評論家
1930年(昭和5年)~1990年(平成2年)

1930年(昭和5年)、千葉県市川市に生まれる。本名は、加藤 喬一。1947年(昭和22年)、国際タイムス社に入社。『国際タイムス』の社会部記者を務めた後、1951年(昭和26年)に雑誌『映画情報』の編集長に就任。映画・芸能の記者に転身する。1960年(昭和35年)、フリーの芸能評論家となり、新聞・雑誌で健筆をふるう一方、『テレビ三面記事』、『アフタヌーンショー』、『こんにちは2時』、『やじうまワイド』などテレビに出演。当時、芸能界の独占的存在だったナベプロ体制を批判するなど、わかりやすさの中に鋭い批評を持った口が評判となった。しかし、1989年(平成元年)7月、舌癌のため10時間に及ぶ舌・咽頭の全摘出手術をうけ、声を失う。闘病記録『岳史よ、生命あるかぎり』はベストセラーとなった。1990年(平成2年)、復帰。筆談、執筆で評論活動を再開したが、癌が肺に転移。仕事復帰に意欲を燃やしたが、5月13日、肺癌転移のため死去。享年59。


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昨今何かと話題を集めている芸能リポーター。芸能人のスキャンダルで食扶持を稼ぐ職業のためか、批判の的を一手に浴びている存在である。その芸能リポーターの礎を築き、芸能ジャーナリズムという新たな分野を切り開いたのが加東康一である。ワイドショー華やかなりし時代、鋭い批評でお茶の間の支持を集め、加東の評論は『アフタヌーンショー』『こんにちは2時』等を人気番組に押し上げるのに一役買った。晩年は癌との闘いで声を失い、「生還を祝う会」なる復帰パーティーを開いて全開アピールをしたものの、まもなく転移が発覚し、闘病むなしく鬼籍入りとなった。加東康一の墓は、東京都港区の正光院にある。五輪塔の墓には「加藤家先祖各諸霊菩提」とあり、戒名が刻まれている。加東康一の戒名がどれかはわからないが、闘病記のタイトルにもなった息子の名前が建立者として墓石に入っている。

by oku-taka | 2020-04-24 22:09 | テレビ・ラジオ関係者 | Comments(0)