2019年 09月 05日
齋藤眞(1921~2008)

齋藤 眞(さいとう まこと)
政治学者
1921年(大正10年)~2008年(平成20年)
1921年(大正10年)、英文学者・斎藤勇の次男として東京都に生まれる。1940年(昭和15年)、成城高等学校文科乙類を卒業し、東京大学法学部に入学。兄でアメリカ文学者の光の妻の父である政治学者の高木八尺に師事。1942年(昭和17年)、東京大学法学部政治学科を卒業。ハーバード大学への留学等を経て、1959年(昭和34年)に東京大学法学部教授に就任。アメリカ政治外交史を専門とし、多角的な視点からアメリカの全体像の把握につとめた。1981年(昭和56年)、東京大学を停年退官し、同大学の名誉教授となる。また、国際基督教大学教授に就任。1982年(昭和57年)、息子が齋藤勇を惨殺。「齋藤勇東大名誉教授惨殺事件」と呼ばれ、当時のニュースで大きく報じられた。1992年(平成4年)、『アメリカ革命史研究――自由と統合』を発表。これらにまとめられた諸論文において、アメリカ史に政治学の視点を導入しつつ、自由と統合の緊張関係に注目して独立革命から第2次世界大戦後にいたるアメリカ政治の基本的構図を提供した。1997年(平成9年)、文化功労者に選出。2005年(平成17年)、文化勲章を受章。2008年(平成20年)1月16日、慢性気管支炎のため東京都内の病院で死去。享年86。


アメリカ政治学の第一人者であった齋藤眞。アメリカ政治外交史の権威として長年君臨し、東大法学部長や国際基督教大教授などを歴任した。1982年(昭和57年)に息子が眞の父・齋藤勇を惨殺し、父親としての責任能力を問われたが、その後)『アメリカ革命史研究――自由と統合』を発表し、見事地位を回復した。文化功労者、文化勲章に輝いた齋藤眞の墓は、東京都府中市の多磨霊園にある。墓には「齋藤家墓」とあり、背面に墓誌が刻む。

