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野添ひとみ(1937~1995)

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野添 ひとみ(のぞえ ひとみ)

女優
1937年(昭和12年)~1995年(平成7年)


1937年(昭和12年)、東京市牛込区(現在の東京都新宿区富久町)に生まれる。本名は、川口(旧姓:野添)元。1952年(昭和27年)、松竹歌劇団(SKD)の新人募集に超難関を潜り抜け合格。中学校卒業と同時に養成所である松竹音楽舞踊学校に入ると同期生の芦川いづみと共に注目を集め、同年には松竹映画『うず潮』で佐田啓二の相手役として銀幕デビューした。1953年(昭和28年)、本名から芸名「野添ひとみ」に改名。同年、SKDを退団して松竹に入社。映画出演2作目となった『まごころ』で初主演となった。松竹では青春物・メロドラマにおいての妹役のような助演が多かったが、1955年(昭和30年)の中央映画『姉妹』で山の発電所に勤める父母のもとを離れ伯母の家で暮らす姉妹が年月を経るごとに少女から大人へと成長していく姿を好演し、話題となった。その後は幾つかの松竹作品に出演したが、1957年(昭和32年)に『体の中を風が吹く』を最後にフリーとなった。その後、交際相手だった川口浩が大映重役である父親の川口松太郎に頼み込み、1958年(昭和33年)大映へ移籍した。移籍1作目となる『くちづけ』での川口との共演が評判を呼び、『地上』『有楽町で逢いましょう』と立て続けに話題作に出演。川口と野添は大映を代表するコンビとしてスターの地位を確立していった。1960年(昭和35年)、川口浩と結婚。1962年(昭和37年)、夫と共に大映を退社して芸能界を引退。実業家へ転身を図ったが、1967年(昭和42年)TBSドラマ『娘たちはいま』でカムバック。以降はトーク番組や競馬番組に夫と出演するなど時おり活動していたが、1983年(昭和58年)2月に次女を17歳で失い、1987年(昭和62年)11月には夫・浩に癌で先立たれるという不幸に見舞われる。1988年(昭和63年)、看病日記「浩さん、がんばったね」を出版。反響を呼び、以降は病気やがんをテーマに講演・執筆を行っていたが、自身も川口が病魔に侵される数年前に脾のう胞を患うなど病気がちになっており、1995年(平成7年)5月4日、夫と同じく東京都新宿区の東京女子医大病院で甲状腺癌のため死去。享年58。


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日本映画の黄金期を支えたスター女優の一人、野添ひとみ。その大きくてつぶらな瞳は多くの男性を虜にし、夫となった川口浩も彼女の大ファンだったという。その清純な容姿とは裏腹に、映画女優としては擦れた女やはすっぱな女を見事に好演。大映の看板女優として輝いた野添ひとみだったが、晩年は娘と夫を立て続けに失い、そして自らも病に侵され、見る影もなく痩せ細ったその姿が実に痛々しかった。日本映画黄金期に咲いた可憐な一輪の花、野添ひとみの墓は東京都豊島区の雑司が谷霊園にある。墓には「川口一族」とあり、両側面に墓誌が刻む。

by oku-taka | 2019-05-19 00:30 | 俳優・女優 | Comments(0)