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日高敏隆(1930~2009)

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日高 敏隆(ひだか としたか)

動物行動学者
1930年(昭和5年)~2009年(平成21年)


1930年(昭和5年)、東京府東京市渋谷区(現在の東京都渋谷区)に生まれる。幼少期より昆虫採集に熱中。小学校時代から昆虫学者を志していたが、両親の無理解に苦しみ、また当時通っていた広尾尋常小学校(現在の渋谷区立広尾小学校)のスパルタ教育に馴染めず登校拒否に陥り、自殺を考えたこともあるが、担任教師が両親に掛け合って、日高が昆虫学の道に進むことを承諾させると共に、より自由な校風の東京市笄国民学校(現在の港区立笄小学校)に越境入学させたことで命を救われた。その後、旧制成城高等学校(在学中に学制改革を経験し、成城大学となる)に入学。当初は昆虫を研究材料として生理学の研究を行っていたが、次第に関心の対象が動物学に移り、動物行動学の要素を取り入れた研究に発展させていった。1952年(昭和27年)、東京大学理学部動物学科を卒業。岩波書店に入社し、昼間の勤務の傍ら、夜間は東京大学の研究室で研究を続けた。1961年(昭和36年)、「アゲハチョウ蛹における形態学的体色変化の内分泌的機構の研究 」で東京大学の理学博士となる。 その後、東京農工大学講師・助教授を経て教授に就任。1973年(昭和48年)、日本昆虫学会会長に就任。1975年(昭和50年)、京都大学の教授に就任。一方で、同時期に活躍した動物行動学者でオーストリアのコンラート・ローレンツやオランダのニコ・ティンバーゲンらの著書の翻訳も数多く出版。単著、共著、編著も多く発表し、1976年(昭和51年)には『チョウはなぜ飛ぶか』で毎日出版文化賞を受賞した。1982年(昭和57年)、日本動物行動学会創設に伴い初代会長に就任。1993年(平成5年)、京都大学を定年退官。1995年(平成7年)から滋賀県立大学初代学長に就任。2000年(平成12年)、動物行動の生理学的、社会学的基礎を確立したことなどが評価され南方熊楠賞を受賞。2001年(平成13年)、総合地球環境学研究所の初代所長、京都市青少年科学センター所長を務める。同年、『春の数えかた』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。2008年(平成20年)、瑞宝重光章を受章。2009年(平成21年)11月14日、肺癌のため京都市の自宅で死去。享年79。


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動物行動学の第一人者である日高敏隆。生物の様々な行動の謎を明らかにし、動物行動学というジャンルを日本に根付かせた。その研究人生は、「アゲハチョウのオスはどのようにメスを見分けるか」から始まり、昆虫、魚、哺乳類と様々な動物の行動の意味を明らかにした。現在、動物行動学を活かし、日本各地の動物園で行われているショーや展示において、動物のイキイキとした姿を見せることを重視している所が増えてきている。こうした今に活かされる学問を築き上げた日高敏隆の墓は、東京都府中市の多磨霊園にある。墓には「日髙家之墓」とあり、左側に墓誌が建つ。戒名は「蝶道院釋真隆」

by oku-taka | 2018-08-26 00:47 | 学者・教育家 | Comments(0)