2018年 08月 18日
岸田衿子(1929~2011)

岸田 衿子(きしだ えりこ)
詩人・童話作家
1929年(昭和4年)~2011年(平成23年)
1929年(昭和4年)、劇作家・岸田国士の長女として東京府豊多摩郡(現在の東京都杉並区)に生まれる。立教女学院小学校、立教女学院女学校を経て、東京芸術大学油絵科に入学。油絵の勉強を始めるが結核に罹患。その治療法である気胸の副作用で肩や背中が凝り、腕が上がらないほどだるくなったことから油絵を諦めた。この療養中に詩や散文を書きはじめる。1954年(昭和29年)、詩人で幼友達であった谷川俊太郎と結婚。1955年(昭和30年)、谷川の勧めで第一詩集『忘れた秋』を発表し、詩人としてデビューした。1956年(昭和31年)、谷川と離婚。その後も、『らいおん物語』、『くれよんの歌』、『あかるい日の歌』といった詩集を発表。1963年(昭和38年)、詩人の田村隆一と結婚。1965年(昭和40年)、茨木のり子らの詩誌「櫂」に参加。この頃から童話作家としても活躍し、1966年(昭和41年)には親友で画家の中谷千代子とコンビを組んだ『かばくん』でドイツ児童図書賞を受賞した。1969年(昭和44年)、田村と離婚。1973年(昭和48年)、『かえってきたきつね』で産経児童出版文化賞大賞を受賞。1974年(昭和49年)、絵本『かえってきたきつね』で産経児童出版文化大賞を受賞。同年、フジテレビ系のアニメ『アルプスの少女ハイジ』の主題歌を担当。以降、世界名作劇場枠で放送された『フランダースの犬』、『あらいぐまラスカル』、『赤毛のアン』の主題歌を作曲家の渡辺岳夫とのコンビで手掛けた。1978年(昭和53年)、『ジオジオのかんむり』がロングセラーの大ヒットとなる。後年は父が残した群馬県浅間山麓の別荘に住み、創作活動にあたっていた。2011年(平成23年)4月7日午前9時35分、髄膜腫のため神奈川県小田原市の間中病院で死去。享年82。


透明感ある暖かさ満ちあふれた詩を得意とした岸田衿子。彼女は表舞台に出てくることが少なく、ましてやマスメディアに登場することはほぼ皆無であった。ミステリアスな岸田衿子の存在が世間に広く知られるようになったのは、世界名作劇場の主題歌を担当してからである。その優しくて異国情緒漂う華美な詞は、渡辺岳夫や三善晃が紡いだリズミカルなメロディーと見事にマッチしている。幼子のような幻想的で心優しい詩を生み続けた岸田衿子の墓は、東京都府中市の多磨霊園にある。平面的に据えられた矩形石面の墓に記載はなく、墓所を囲っているブロック塀に墓誌がはめ込まれている。

