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小林トシ子(1932~2016)

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小林 トシ子(こばやし としこ)

女優
1932年(昭和7年)~2016年(平成28年)


1932年(昭和7年)、東京市中央区築地に生まれる。1946年(昭和21年)、高校を中退して日劇ダンシングチーム(NDT)に入団。1947年(昭和22年)2月には初舞台を踏み、早くから素質のある器用な踊子として将来を嘱望される。1949年(昭和24年)、『白鳥の湖』のヒロイン・オデッサに抜擢。同年、松竹の木下恵介監督にスカウトされ、映画『破れ太鼓』でスクリーンデビュー。高峰秀子が予定されていた阪東妻三郎演じる頑固親父の長女・秋子役を好演した。1950年(昭和25年)、NDTを退団し、松竹に入社。木下監督の命で俳優座養成所に1年間通い、「実験女優」として話題になった。その後、『善魔』(1951年)、日本初のカラー作品『カルメン故郷へ帰る』(1951年)、『二十四の瞳』(1954年)等の木下作品に出演。1956年(昭和31年)、草月流家元・勅使河原蒼風の長男・宏と結婚。1960年(昭和35年)松竹を離れ、フリーに転身。以後は他社の映画やテレビドラマなどで活躍したが、主に舞台での活動が中心となっていく。後年は石井ふく子、橋田壽賀子の手掛ける作品に多く出演していた。1988年(昭和63年)、TBSドラマ『ああ嫁さん』を最後に芸能界からフェードアウト。2016年(平成28年)12月29日、東京にて死去。享年84。訃報は 「草月指導者連盟」会員向け機関紙『草』2017年2月号にて明らかにされた。


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桂木洋子、井川邦子と並び木下惠介の門下生であった小林トシ子。日本人離れした長身とエキゾチックな顔立ちで1950年代の松竹映画を彩る女優の一人だった。中でも『カルメン故郷に帰る』で演じたマヤ朱美は、溌剌とした演技で主演の高峰秀子に負けず劣らずの存在感を残した。しかし、この役のキャラが強烈すぎたせいか、その後は代表作に恵まれなかったように思う。『カルメン故郷に帰る』以降も木下作品を含めいくつかの松竹映画に出ていたが、どれも彼女の個性を活かした役とは言い難い。その後、勅使河原宏と結ばれた彼女は徐々に仕事を減らしていき、昭和の終わりに芸能界から去ってしまった。2016年の暮れ、彼女は84年の生涯に幕を閉じ、その訃報は翌年に発刊された草月流の会報誌にひっそりと報じられた。小林トシ子の墓は、東京都港区の青山霊園にある。墓には「勅使河原家之墓」とあり、背面に墓誌が刻む。戒名はない。

by oku-taka | 2018-03-21 20:56 | 俳優・女優 | Comments(0)