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津村謙(1923-1961)

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津村 謙(つむら けん)

歌手
1923年(大正12年)~1961年(昭和36年)

1923年(大正12年)、富山県下新川郡入善町生まれ。本名は松原正。旧制魚津中学校を卒業後、東京に上京。精工舎に入社するも、歌手になる夢を諦められず、作曲家・江口夜詩に師事。江口夜詩歌謡研究所で歌を学んだ後、1943年(昭和18年)に本名でテイチクレコードから『人生第一歩』でデビュー。しかし、翌年に徴兵され金沢連隊に入隊。復員後、コロムビアレコードの新人歌手募集に応募し合格。1946年(昭和21年)、コロムビアレコードに入社し、作曲家・古賀政男の門下となる。このとき、大ヒットした映画『愛染かつら』の主人公・津村浩三の「津村」と、それを演じた俳優・上原謙の「謙」を取って、芸名を津村謙とする。心機一転して再デビューをするも全くヒットに恵まれず、1947年(昭和22年)キングレコードに移籍。1948年(昭和23年)、『流れの旅路』がヒット。1951年(昭和26年)、『上海帰りのリル』が大ヒット。他社からもリルと銘打った楽曲がいくつか発売されるほどの人気となり、津村は一躍スター歌手の仲間入りを果たす。翌年、NHK紅白歌合戦に初出場。その後も、『東京の椿姫』、『待ちましょう』、『あなたと共に』と大ヒットを飛ばし、端正な風貌と美声から「天鵞絨(びろーど)の歌声」と呼ばれた。1961年(昭和36年)11月28日、東京都杉並区の自宅車庫にエンジンを入れたまま停めてあった乗用車の運転席で、排気ガスによる一酸化炭素中毒で昏睡状態になっているところを家族が発見。病院に搬送されたが、意識が快復しないまま不慮の死を遂げた。享年37。作曲家・吉田矢健治宅で行った麻雀で帰宅が遅くなり、家族を起こさないよう自家用車の中で眠ってしまったことが事故の原因であった。


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澄んだ歌声で昭和20年代の歌謡界を彩った歌手・津村謙。18年という短い歌手人生を駆け抜けた彼はいま、東京都東村山市の小平霊園で眠っている。墓石には「柳川・松原家之墓」とあり、右横に墓誌が建てられている(なぜか津村謙の没年齢が39才となっている)。鼻にかかった甘く美しい歌声は今なおナツメロ愛好者の心を魅了し、「上海帰りのリル」「あなたと共に」などのヒット曲が多くの後輩歌手たちによって歌い継がれている。それだけに、あの不慮の事故さえなければ…と悔やまれてならない。彼が亡くなった数年後に懐メロブームが起こり、往年の歌手たちがテレビに次々と出て懐かしい歌声を披露した。もし津村謙が生きていたならば、間違いなくそのブームに乗って往年のヒット曲をテレビで歌っていたに違いない。返す返すも本当に残念である。

by oku-taka | 2016-10-23 20:50 | 音楽家 | Comments(0)