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飯田深雪(1903-2007)

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飯田 深雪(いいだ みゆき)

料理研究家
1903年(明治36年)~2007年(平成19年)


1903年(明治36年)新潟県に生まれる。父は医者で北朝鮮の平壌で病院を開いており、芸術に造詣が深く食道楽であった。この父の影響を強く受け、幼少期より洋式の生活に馴染む傍ら、12歳頃から料理を始める。1926年(昭和2年)、外務省勤めの夫と結婚し、米・英・インドなど各地を転々とする。この海外生活で得た各国の料理が後に料理研究家としての基礎となる。また、この頃に従来の造花の概念を脱却した独自の芸術的作品(後のアートフラワー)を創作している。1943年(昭和18年)、日本に帰国。しかし、自宅が空襲で焼けてしまい、さらに終戦直後の混乱によって財産を全て失い、バラック小屋での生活を送ることになる。その後、インドで知り合った知人の紹介で東京市庁の復興局に自らが作った料理や菓子を販売。飯田が作るシュークリームアップルパイがたちまち評判となり、1948年(昭和23年)に周囲の人々から請われて料理教室を開設。その後、ガウンの裾を切ってコクリコを製作する手法の造花も教えはじめ、この造花を「アートフラワー」と命名する。1952年(昭和27年)日本橋の柳屋において第1回展示会を開催。1953年(昭和28年)初のアートフラワーの著書となる「フラワーアクセサリー・服飾造花」を出版した。料理研究家としての活動もめざましく、1957年(昭和32年)からスタートしたNHK番組『きょうの料理』に放送初期の頃から講師として出演。この番組により彼女の知名度は全国区のものとなった。1964年(昭和39年)株式会社深雪スタジオを設立。同時にアートフラワー師範制度を確立し、1965年(昭和40年)には東京新宿京王百貨店において第1回アートフラワー展を開催した。次第にアートフラワーが海外で高い注目を集めるようになり、1973年(昭和48年) ハワイのシェラトン・ホテルで大展示会を開催。1975年(昭和50年)の英国女王エリザベス2世来日の際には、迎賓館内の国賓御私室をアートフラワーで装飾した。同年、勲五等宝冠章受章。1976年(昭和51年)カナダのトルドー首相より迎賓館に飾られたアートフラワーを賞賛され、メダルの贈呈を受ける。1977年(昭和52年)フランスの由緒あるグルメの会「シェーヌ・ド・ロティスールより食通としてメダルを授与される。また、1979年(昭和54年)にも再度メダルを受け、日本管区の判定官に任ぜられる。1978年(昭和53年)、すぐれた料理普及に長年尽力した功績により、フランス政府から格式の高い「Grand Ordre de Rocamadour」を送られた。1979年(昭和54年)モナコのグレース王妃に招かれ大展示会を開催し、高い評価を得た。2003年(平成15年)、フランス大統領からレジオン・ドヌール勲章シュバリエを授与された。100歳を超えても現役の料理研究家として活動していたが、2007年(平成19年)7月4日、老衰のため死去。享年103。

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美しく豊かに103年の人生を謳歌した飯田深雪の墓所は、東京都八王子市の東京霊園にある。正面には「飯田家」と記された墓が建ち、右横に墓誌が彫られている。左横には西洋料理の普及と装飾芸術の価値を高めることに力を注いだ彼女の軌跡が記された碑がある。


by oku-taka | 2016-08-22 18:00 | 衣・食・住 関係者 | Comments(0)