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宮川泰(1931-2006)

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宮川 泰(みやがわ ひろし)

作曲家
1931年(昭和6年)~2006年(平成18年)

1931年(昭和6年)北海道留萌市に生まれる。幼少期は土木技術者であった父親の都合で、北海道紋別市鴻之舞や大分県日田市など全国各地を転々とする暮らしを送る。大阪府立富田林高等学校在学中に音楽に目覚めるが、父親の強い勧めで京都市立美術専門学校(現在の京都市立芸術大学)に進学。その後、キャバレーのアルバイトで知り合った大阪学芸大学(現在の大阪教育大学)の教授に誘われ音楽科に編入するも、ピアノ演奏のアルバイトに追われて中退。その後は、自らバンドを率いて関西地方で演奏活動を行っていたが、1956年(昭和31年)に上京。「平岡精二クインテット」のメンバーとして活躍後、「渡辺晋とシックス・ジョーズ」でピアニスト兼アレンジャーとして活躍。バンド在籍中に名古屋のクラブで歌っていた双子の姉妹(後のザ・ピーナッツ)と出会い、1958年(昭和33年)の上京後は「育ての親」として彼女たちの育成に力を注ぐ。1962年(昭和37年)、『ふりむかないで』(ザ・ピーナッツ)が作曲家として初のヒット。その後、作曲家・編曲家として独立。1963年(昭和38年)『恋のバカンス』で第5回日本レコード大賞編曲賞、1964年(昭和39年)には『ウナ・セラ・ディ東京』で第6回日本レコード大賞作曲賞を受賞した。また、持ち前のジャズの感覚を生かし、軽妙ながらインパクトのあるTV番組のオープニングを数多く手がけた。主な代表作に、『若いってすばらしい』(槇みちる)、『逢いたくて逢いたくて』(園まり)、『銀色の道』(ダーク・ダックス)、『宇宙戦艦ヤマト』(ささきいさお)、『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』テーマ曲、『午後は○○おもいッきりテレビ』テーマ曲、JRA関西地区ファンファーレなどがある。こうした功績から、和製ポップスの開拓者の一人として位置づけられており、日本ポップス界に大きな足跡を残した。その一方で、目立ちたがり屋で笑いが大好きな性格から自らもTV番組に数多く出演。タレントに負けず劣らずの積極性で笑いをとっていた。1993年の『第44回NHK紅白歌合戦』より番組エンディングの『蛍の光』の指揮を毎年担当していたが、2006年(平成18年)3月21日、虚血性心不全のため東京都世田谷区の自宅にて急逝した。享年75。


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音楽を心から愛し、音楽の楽しさを多くの人に伝えた宮川泰の墓所は、東京都八王子市の東京霊園にある。正面には「宮川家」と記された墓が建ち、後ろに墓誌が彫られている。


by oku-taka | 2016-08-20 23:30 | 音楽家 | Comments(0)